卵を抱いて眠れ


















「ねえ、私、たまに考えることがあるんだよ」

 汗ばんだ身体が既に温まった布団の上に投げ出される。生まれたままの姿になって、こうやって布団を二人で泳ぐのは好きだ。きっと銀ちゃんもそうなんだろう。二人でこうやって裸になって抱き合うと、それは気持ちよさそうな顔をするのだから。裸同士で抱き合う時の感触といったら、たまらない。気持ちよくて、穏やかで、心臓と心臓をお互いの胸を通してくっつけあって、そうやって感情だとか、衝動だとか、優しさだとか、安らぎといった、そういう抽象的なものを交換し合うのだろう。気持ちいいね。私はその時、必ず銀ちゃんに確認をする。銀ちゃん、こうやってるだけで、すごく気持ちいいね?銀ちゃんは低く笑って、抱くその力をぎゅうと強くする。肋骨が圧迫されて、骨も肺も心臓もきゅうと痛くなるのだけど、私はたまらなくそうされるのがすきだ。銀ちゃんとこういう事が出来てよかった。私はその一瞬を愛するあまりに、そう強く思うのだ。私、女で、よかった。男であったら、銀ちゃんが私の為に同性愛に目覚めてくれるまできっとこのような時間を過ごす事は無かったろう。女で、銀ちゃんと巡り合えて、恋に落ちて、恋が実って、そうやっているとお互いがお互いの手を握りしめて、心の深いところで確かに通じ合っている、今の私であって良かった。これ以上の幸せが、あるのだろうか?いいえ、きっと無い。銀ちゃんはとてもうれしそうに、楽しそうに私を抱く。優しく、抱いてくれるのだ。でも、こうやって夜の遊びが終わって、気だるい腰を布団の上に横たえながら、銀ちゃんがまどろんでいる姿を見ると、いつも考えてしまう事がある。
 今日こそは、勇気を出してそれを口に出そうと思う。

「銀ちゃん。ねえ、私は、女で」
 胸に手を当てた。先程銀ちゃんにべろん、と舐め上げられたそこは銀ちゃんの唾液でまだ湿っていた。
「銀ちゃんは、男」
 彼の胸板に手を移した。そこは汗ばんでいて、それでいてまだ少しだけいつもより多く上下しながら息をしていた。
「私と銀ちゃんは、女と男。だから、恋人同士だね?」
「・・・おー?」
 二人でいるときの銀ちゃんは、穏やかだ。何時もならこんな藪から棒な話題は話の腰を折ってしまいそうな彼だけど、今はいぶかしげな顔を作っただけで、じい、と私の顔を見つめている。こめかみのあたりに染み込んでいる汗を見て私の子宮はうずいた。先程、銀ちゃんを食べたばかりだというのに、欲には底が無くって恐ろしい。
「私は女だから、銀ちゃんにこうやって好かれているんだね。で、銀ちゃんは私が女で子宮を持っているから、銀ちゃんは欲情したりこうやってえっちしたりするんだよね。で、銀ちゃんは私を大事にしてくれる。大切にしてくれる。だって、恋人だもの。でも、私が男だったら、多分このような事になってない・・・のかな?」
「まー、俺にそっち系の趣味は無いからなァ」
「でしょ?じゃあ、私から子宮が無くなっちゃったら?私に、最初から子宮が無かったら?ねえ、じゃあ、まず、私が男だったりしたら、銀ちゃんは私の事を好きになってくれただろうか?」
「はァ〜!?何だその訳のわからん質問はァ?」
 よくもまあおめーはそんな事が考えられるもんだよ。銀ちゃんは付け足すと、困惑したように髪をぼりぼりと書いた。胸板に置かれた私の手は既に冷たかった。
「ね、どう?どうだったと思う?」
「うーん・・・それは、が男になってもらう他わかんねえっつーか・・・てか、その好きってなんだよ」
「え?だから、好きは好きだよ。テレビ一緒に見てたら何だかむらむらしてきて、そのまま気付いたらこうやってえっちしたくなっちゃうような、今日みたいな事が起こるような好きだよ」
「じゃあよ、その質問に、俺がうん好きンなってたって肯定したら色々可笑しくね?俺はホモですって言ってるようなもんじゃね?」
「うーん、まあ、そうだね!じゃあ、私という人間の為に同性愛に目覚めるという事は無さそうだったという事だね。ふむふむ。なるほど」
「でも、まあ、何だ、そういう好きじゃなくても、ダチにはなってたろうよ」
「そっか。その時は、仲のいい友達でいるのかな?」
「おうよ。そりゃあ、確実だな。毎晩飲みにいったりしてたんじゃね?」
「ふふ、そっか」
「妙な事聞いてくるな、今日」
「まあね、気分というか。じゃあ、銀ちゃん」

「私が病気とか事故だとかで、私から子宮を取ったとしたら、私たち、どうなるかな?もしくは、子供が出来て、子宮が全く銀ちゃんの性欲を満たすべく使えなくなったとしたら?どうなるかな。ねえ、家庭を揺るがす夫の不倫って、実は妻の妊娠中が多いんだってよ」
「・・・また、変な事ばっか聞いてくるな」
 銀ちゃんは再び困ったような顔をした。先程あれほど噴き出ていた汗が今はすうと引いている。気化熱で身体が冷えてきたので、隣に少し寄り添った。そして、言葉を続ける。
「ね、もう、えっちできなくなっちゃうよ。女の一番大事な所を担う、というか、私を女たらしめる大事なものが、無くなってしまうとしたら?私が、女でも、男でもない存在になったら?銀ちゃんは、それでも私を好きでいてくれるのかなって、思ったんだよね」
「はあ、んな事考えてどうするんだか・・・おま、俺が女だったら誰でもいい人間だなんて思ってんじゃねえだろうな?めちゃくちゃ美人で、エロい身体した女が誘ってきたら、そら欲情する事もあるだろーよ。つか欲情するな。俺なら。だって俺ァ男だからよ。でも、仮に、一発ヤっちゃったとしてもだ、が俺にとって大事な人間で在り続けるのは明らかだろ。好きで居続けるに決まってるだろ、んなもん」
「もし私から子宮が無くなっちゃったら、多分・・いや、絶対、銀ちゃんは私の事を以前と同じ女として見る事はきっと出来なくなるよ。もしかしたら表面は変わらないように見えても、頭の中の深い所に眠っている本能は、きっと以前と同じように私という女を求めなくなっちゃうよ。でもね、それに関して、私は責めるつもりも、マイナスな感情を抱く事は無いんだよね。ただ、今も銀ちゃんは言ったけど、その時銀ちゃんが私を好きと言う時の、その好きって、何だろうって思って」
「愛だろ」
 にべも無く放ったその言葉はすっぽりと私の頭の穴の中に収まったかのような気がした。
「どんな好きから始まっても、行きつく所は結局は同じなんじゃね?」
「お前、今さら、引き返そうっつったって無駄だぜ。もう、変化しちまった後なんだから。愛を失った男ってえのは怖いんだぞ〜」
 最後を茶化すように呟くと、銀ちゃんは私の頭をわしゃわしゃと撫でて「もう寝ろ」、とだけ言った。私はその言葉がとてつもなく甘く聞こえて、胸にきらきらと光る何者かを携えて、銀ちゃんの逞しい胸元に顔を寄せた。人肌は、やはりこんなにも温かい。

 私、もし、女じゃなくなっても、この銀ちゃんの体温だけは忘れられそうもないんだ。だから、もし、私がたとえ女で無くなったとしても、銀ちゃんの体温だけは傍に感じさせてほしいよ。例えば、どんどんこの先年をとっていったとして、女なんて性に程遠くなった、しわくちゃのおばあちゃんになってしまったとしても、その時はしわくちゃのおじいちゃんになった銀ちゃんの傍で眠りたいよ。
「気持ち悪い事聞いてごめん」
「いや、なあ、もしかして何かあったのか?」
「いいえ、なあんにも」
「本当に?」
「うん。そういう、気分なのよ」
 そうしたら、私もう他になにもいらない。私はお腹をそうっと抱えた。私の子宮は考える。自分の存在価値を。子供を中で培養する以外の意味を。保育器として以外での、私との繋がりを。交尾に使う為以外での、銀ちゃんとの繋がりを。あるとしたなら、それは精神の繋がりなんだろう。そして、きっとそれは肉体的な繋がりより遥かに複雑で、強くて、脆くて、手に入りにくいものであるはずだ。

 そして彼が、その繋がりが私と彼との間に存在する、と言うのならば、
 今は、私のこの器官の中に新しい命が宿るまで、私は安らかに眠ろう。
「ついでに今日からえっち封印な気分。おやすみ」
「えっ何で?何でそういう事になんの?痛かったの?何、実はずっと銀さんのテクじゃ満足できなかったのよ的な?あ、ちょ、おまこういう時だけ何で寝付きいいんだよ寝んなよ、おい!」






(2010/03/14)生理前だと気付いたんでしょう。