全部、全部お前のためだよ。お前のために、俺はお前の母親に体を売った。




 辰也はUSBに全てのデータを移動させると、パソコンの中に眠る動画データを全て消去した。ふう、と深くため息を付き椅子に深く腰掛ける。このUSBは何処へ仕舞うべきだろうか。決してには見つからない所がいい。後でじっくり熟考する必要があるな、と辰也は額に手を当てた。

 此処まで上手く行ってくれてよかった、と辰也はすっかり奇麗に片付けられてしまった自室を見渡して感慨にふけった。全ての私物は段ボールにまとめられた今、あとはこのノートパソコンをリュックに入れるだけだ。

 念のためのビデオも録っておいたのだが、あれはこの先も父親が自分たちに干渉してこようとした時にでも使えるだろう。風呂場に試しにカメラを仕掛けてみたらまんまと引っかかってくれた、自分の間抜けな父親に同情を禁じ得ない。まさかそれを息子に利用され、それをネタにゆすられ、大好きなを辰也に渡さなければならなくなったのだから。
 本当は今すぐにでもデータを消して父親を八つ裂きにしたい所だが、それをしてしまえばこの先辰也がを未来永劫手に入れる事が難しくなる。母親にを取られてはならないのだ。もすっかり辰也の言う事を信じ、この先もずっと辰也に依存し続けるだろう。それでいいのだ。そうして彼女は辰也との子を宿し、辰也の家で一生涯暮らすのだ。それはもう、辰也の中でとっくに決定済で、決して揺らぐ事のない。

 自分が再婚相手の息子相手に腰を振っている所をビデオに録られ、それを自分の旦那に見せられたと知った時のママの顔を、今でも辰也は思い出す。その度にすかっと胸が晴れて、今までこの家で味わった嫌なことや辛いことが、全て報われて昇華されたかのような気分になる。最高の気持ちだった。これは自分たちから両親という仮面を被り、性を遊び道具にしたあいつらへの復讐なのだ。特に自分を食い物にした女からは家族も信頼も全てをもぎ取ることに成功した。をあんな目に遭わせた男には、不本意だがこれからしばらくは働いてもらわなければならない。大好きなバスケを続けるのも、私立の高校の授業料も、とても安くはないのだ。

 あとは、この秘密を一生墓へ持っていくだけだ。家族の秘密がつまったビデオも、パパへ吐いた酷い脅しの言葉も、ママへなすり付けた全ての罪も、全て辰也は忘れるだろう。そしてこれからはアメリカでの事を忘れて、綺麗なものだけ、美しいものだけをには与えてやるのだ。

 辰也はパスポートと、それに挟まれた航空券をリュックから出した。

「…もうすぐだ」

 日本に帰ったら、と一緒に、お互い薄汚れた体を舐め合って清めよう。
 うんと甘やかしてやろう。
 ずっとかわいがってやろう。
 自分たちの好きな事をしよう。

 そして誰にも邪魔されず、二人でずっと一緒に居るのだ。夢の世界へのチケットが、辰也を見つめ返していた。行き先にNARITAと書かれたその字面をなぞるうちに、ついに辰也は破顔した。
 誰よりも幸せそうな彼が、そこに居た。



 全部、全部お前のためだよ。お前のために、俺はお前の母親に体を売った。
 お前は俺の全てだよ、。早くお前を、俺で全てぬりつぶしたい。